これからの農業・食産業と情報化を考えるセミナー

「人口減少社会における農業と農政とは」

基調講演:太田原 高昭 氏(北海学園大学経済学部教授)

未知の問題を検討する人口減少と経済成長

 私はいま、人口減少問題に多角的に取り組んでいます。日本の人口は増え続けていましたが、2006年以降現象していく。人口問題研究所がその動向を調査しています。1865年の幕末から2050年までの長期動向を示してあります。明治維新の1868年の日本の人口は約3千万人。それが明治の近代化の中でどんどん伸び、第2次大戦に負けたときには8千万人。それからさらに伸び、現在は1億2千万人。06年以降、どこまで減少するかが問題です。このままいけば2050年には1億人。少子化対策が課題ですが、まだほとんど具体化されていません。ということは、日本の人口が1億人まで減少するのは確実です。

 人口の減少する原因は出生率。ひとりの女性が一生のうち何人の子供を産むかという数字。これが1990年には1.54まで下がっていたのですが、5年後の95年には1.42。現在は1.29となり、この減少傾向が拡大していくと、2050年の人口が大きく1億人を割る可能性もあります。

 ほかの国はどのような傾向があるのかというと、日本は先進国の中で決して例外ではなく、むしろイタリア、スペインが95年の統計で1.17、1.18まで落ちていた。それは昔の話のようです。現状は際限なく出生率が下がっています。

 逆に、少子化が最初に問題にされた北欧は、95年の統計ではノルウェーの1.87、スウェーデンの1.74と高い。この北欧の国は、30年前では1.2、1.3と非常に低かったのですが、ここまで戻している。だから少子化対策のモデルは北欧といわれています。その内容は家事、育児に男性が参加する。女性だけの責任としない。夫の心構えという問題ではなく、社会全体で取り組んできたということです。

 どうして日本人はこんなに子供を生まなくなったのか。専門家の解説、私たちの経験で分かるのは、私は昭和14年生まれですが、だいたい兄弟は5、6人が平均でした。父母の世代は明治、大正生まれ。父は11人兄弟で母は13人兄弟です。

 私は次男でしたが、父親から「お前は天皇陛下に差し上げるはずだった」といわれたことがあって、長男が跡継ぎで次男坊は兵隊要員だったのです。三男坊はスペアーです。ですから男子は最低3人必要で、同じ確率で女の子が生まれますから、5、6人が理屈に合っている。当時のひとつの人口モデルだったのだろうと思います。

 そのように考えると、戦後は平和憲法で兵隊要員が不要になった。そして医学の進歩でスペアーもいらない。そうすると長男と長女がいればいい。これが戦後の家族モデルです。これは健全な平和国家のモデルであったと思います。しかし、それが崩れてきたことは問題にしなければならないということです。

 原因は社会的にいろいろなことが上げられます。少子化対策は決して簡単なことではありません。要因を一つひとつ上げ、潰していく作業が必要です。おそらく大きな社会変革が求められると考えます。教育、経済、地方自治の問題があります。

日本の食料自給率が低い−米国からEUモデルへ−

 農業農政についてもまったく同じです。農業に限らず、戦後の日本はアメリカモデルを追ってきました。人口増加、経済成長モデルはまさにアメリカモデルです。ところが、主要先進国の出生率を比較するとアメリカだけが2,0以上を確保している。

 経済成長は端的にマーケットです。基本は人口です。人口が増え続けていれば経済も成長する。その意味では、アメリカモデルに従ってきたことにはそれなりの合理性があった。しかし、今後はこのアメリカモデルでは成り立たなくなるところにきているのです。

 少なくとも人口減少社会ではヨーロッパ・EUが今後の日本のモデルになる可能性があります。第2次大戦後、ヨーロッパは人口減少社会であった。増えていた国も60年代、戦争の損傷を回復して、70年代には減少社会に転じています。

 その中で、北欧の少子化はそのひとつでしたが、EUはどんな点で人口減少社会を構築していくのか実践してきました。我われはそれを分野ごとに詳しく研究しなければならないのです。西ヨーロッパの国々、イギリス、フランス、ドイツ、オランダの国々が人口減少にどのように対応したか。

 今も日本経済は人口を回復して現状以上に成長させようと考えています。だが、西洋はそのような考え方を相当前に捨て、人口減少に見合った社会のあり方を追求してきたのです。一言で言えば成熟社会。西ヨーロッパ諸国では「人口減少を国民一人当たりの所得と福祉の増大というプラス要因に転化するための政策的努力が行われてきた。そこでは、少子高齢化も長年にわたる経済発展と人口拡大の果実である」と肯定的に受け取っています。その結果、EUの農業政策は、現在日本でとられている農業政策とはタイプが違うことが分かります。

 そこでアメリカですが、アメリカはこれまでの人口増加、成長にそって説明すると、農業政策では一層の増産、コスト低下、輸出拡大、貿易自由化の方向を主張しています。これに対してEUはウルグアイラウンドまではアメリカと競り合って増産、輸出を行ってきましたが、その後の方向は輸出拡大ではなくEU内の自給路線に転換しています。

 EUは新しい国がどんどん加盟しており、その中には食料の自給率が非常に低い国があります。まず、自分たちで自給することが先決と考えています。EUでは輸出するほど多くを生産する必要がないということが共通の農業政策での認識となっています。と同時に、成熟社会にふさわしい高品質の食料生産の自給という考え方に転換しているといえます。



貿易の自由化と関税化 コメ農家の収入は7割へ
  EU型の農業のあり方、それを端的に示しているのがデカップリング政策と農産物の品質政策の二つが特徴的です。日本ではまだ考え方自体、農業政策ではとられていない。デカップリングとは「くっついているもの」を引き離すという意味。価格と所得を引き離すということです。日本の場合、農家の所得は農産物価格によって決まります。価格が高ければ所得が増え、価格が下がれば所得が減る。

 したがって、貿易が自由化され関税が下がり、価格が下がれば即農業所得の低下ということになります。端的な現われとして最近、米価がどんどん下がり稲作農家が困っています。これまで日本食管制度は米の輸入を原則禁止していました。米価は国が決めていました。このような人為的な価格の決め方を一切やめ、市場にまかせる。これが貿易の自由化です。

 国は農業を守らなければならない。とくに重要品目については関税で守ることになる。関税以外の輸入禁止措置はやめるということがウルグアイラウンドできまったことです。これで日本の食管制度は廃止。これはヨーロッパにとっても同じでした。日本と比べれば規模が大きくコストも低かったが、アメリカやカナダ、オーストラリアに比べれば、はるかに国際競争力が弱い。日本とまったく同じようなことが起こった。

 日本では米価が3割下がっていますが、これはドイツやフランスの小麦価格もウルグアイラウンド後に3割下がっている。しかし、それでもEUの農民から日本の農民のような悲鳴が聞こえてこないのはデカップリング政策です。EUは価格が下がっても、価格と所得を切り離して、所得が下がらない方法をとった。その差額になる部分を国家が所得補償する。そのような政策をとったのです。

 ドイツでいくつかの調査がありますが、直接所得補償の所得に対する割合は5割くらいになっています。これは日本では考えられない。価格が下がって、そのままだと農家は生活していけないので、生活していけるところまで国が補償するという政策です。これがデカップリング政策です。

 つまり、EUの農業政策は日本でも第2種兼業農家や零細農家の経営問題はあるが、いま、営農意欲のある農家については国が所得を補償して、農業を行ってもらうという政策です。

 この考え方の背景には、農業の多面的機能論という考え方があります。農業は食料を供給するだけの機能ではなく、国土を保全する、すぐれた景観をつくりだすなど、国民の生活に欠かせない多面的な機能を果たしている。これを今後も果たしていくためには、農民はそのまま農村にいてもらった方がいい。これは農業近代化、効率化の考え方と違います。

 農業を大規模化しコストを下げ、10件の農家が3件になっても生き残ればいいという考え方であれば、食料の供給は保障されるが、国土保全などの多面的な機能が担保されないということです。ここに大きな考え方の違いがある。



日本は量と質を追求 これは大変困難な問題
  もうひとつの特徴が農産物の品質を高めること。これはかなり重要な農政の目標になっています。ウルグアイラウンドまでのEU、とくにフランスは自給率が160%を超え、完全に輸出国でアメリカと競っていました。これは過剰生産。この過剰生産をなくすために農業生産を高品質化する。いまEUで行われていること、たとえば有機農業をすると収量が落ちる。オーガニック・有機農業化することで過剰生産をなくし高品質化を図る政策に転換しています。

 しかし、この有機農産物の定義が国によって異なり、これを国際基準で計算しなおしています。各国の耕作面積に占める有機農産物作付け面積の割合は、国土面積の小さなリヒテンシュタインが17%、オーストラリアが11%、スイスが9.7%。このように見るとそれほどの数字に見えませんが、有機農業ブームといわれる日本は上位25ヶ国にも入らない0.1%、5千ヘクタールに過ぎないのです。

 アメリカは有機農業が盛んです。アメリカの消費者はずいぶん勝手だと思うのですが、化学肥料と農薬で大量生産したものは輸出に回し、国内的には「有機農産物を食べさせろ」というのがアメリカの消費者運動。それなりに有機農産物の実績を上げていますが数字的には0.6%。それから見ると、EU諸国は大変高いレベルにあることが分かります。

 しかも、スイスをふくむ西ヨーロッパの伸びが著しい。有機農業、クリーン農業というものに対してさまざまな補助、援助を行っています。有機農業の導入や化学肥料・農薬の削減、家畜密度の軽減に対してEU各国政府から環境支払いという補助が行われている。そのためのコストを国家が補償する政策をとっています。

 現在ではオーストラリアやスイス、イタリアは10%程度ですが、この勢いでいけばおそらく相当なところまで伸びていくことは確実です。ドイツでは2020年までに、国民の食料の有機農産物の割合を20%まで伸ばすということを、日本の農水省にあたる役所が公約しています。

 日本でも有機農業、クリーン農業に対する促進策はありますが、品質政策という概念がありません。日本では量であって、品質を高めるということでは安全・安心が言われるようになっていますが、「農家の負担が増える」だけで収入が増えるわけではない。その意味では、高品質の農産物を積極的に作り出す方向に農業者を誘導することでの品質政策はまだとられていません。したがってこのデカップリング政策と品質政策は日本から見ると非常に特異なものとして印象づけられます。

 日本が人口減少社会に向かう中での農業政策のあり方を考えると、行く手にEU型農業が浮かんできます。内閣府の世論調査を見ても、「国民が国内農業に期待するものの第1位は安全な食料の供給で、第2位が輸入に頼らない安定的な食料の供給である。第1位が食料の質への要求であり、第2位は食糧安全保障につながる量的要求である」とあります。

 日本国民の世論も国内農業に対して、安全な農産物をできるだけ国内で供給して欲しいというのが国民の声であります。その国民の要望に沿った成熟社会の農業のあり方を考えると、この二つの要求に応えていかなければならないということです。

 ヨーロッパの場合は、十分過剰な生産力がある。有機農業で品質を落としても、そのことで過剰対策となる整合性を持っている。日本はここが違います。自給率40%の日本は量が絶対的に足りません。この国民の声にこたえていこうとしたら、ヨーロッパが量から質への転換であるならば、日本は量も質もということになる。これは非常に難しく、大変困難な問題といわなければなりません。



EU型農政の必要性も  デカップリング政策とは
  北海道はそのような視点での可能性がどの程度あるのか。北海道農業はどこまで到達してきているのか。日本国内では大変いいところまで来ている。量的には、日本全体の食料自給率がカロリーベースで40%しかない。農水省が都道府県別に計算して発表しましたが、北海道は実に190%という大変な食料自給率です。

 190%という数値はアメリカ、EU以上に高い。ひとつの地域としては非常に高い食料自給率です。北海道は道民が十分食べ、同じくらいの量を内地へ移出しているのです。しかも、量的だけでなく質的にも定評のあるところです。一番の問題がコメ。コメも最近は品質が上がってきています。新聞などで大きく取り上げていただいたのですが、私が所長をやっています地域農業研究所で行った食味検査で、毎年、東京や大阪などの大都市で主婦の方に協力してもらい、味覚試験を行っています。それを見ても、北海道のコメは毎年上がってきたのですが、今年ついにトップになりました。

 比較したコメは茨城コシヒカリ、あきたこまち、きららとほしのゆめの食べ比べです。トップがきららで、2位がほしのゆめで、3位が茨城コシヒカリでした。この結果は東京も名古屋、大阪も順位だけは変わりませんでした。結果が良すぎたので、試験を担当した人も発表の自信がなく、コメの卸会社に「こういう結果が出たが、あなたたちコメの専門家はどう見ますか」と聞いたそうです。

 卸の方では、「我々としてはこういう結果は当然予想していた。北海道のコメはそこまで来ていますよ」と答え、私たちも自信を持って発表することができました。これは北海道のコメの到達点を示すことだと思います。

 量的にも質的にもここまで到達した。その点については不安材料があります。ひとつはWTOの農業交渉がどうなるか。関税以外の自由貿易の阻害要因を取り払ってすべて関税化することがウルグアイラウンドでした。その代わり関税の高さについては手をつけず、おかげで日本のコメの490%という高い高関税が残されました。それで何とか日本農業が守られています。

 今度の農業交渉の中心は関税率そのものを引き下げることが交渉の中心です。これはまだ数字的なことは一切いえる段階ではなく、どのようなことになるかまだ分かりません。引き下げられる予測があります。完全にゼロにするということではなく、いくつかの例外品目を残して、その他の品目については現在の水準の半分くらいまでは減らすという予測です。

 発展途上国の反発などがあって不透明ですが、コメについては、例外品目として守れるのではないかといわれています。畑作、北海道が抱えている小麦、豆、いも、ビートなど畑作主要品目が200%、250%というかなり高い関税で守られていて、その輸入関税を財源にして価格に上乗せした交付金で何とか農家は食べていける。これらが100%くらいまで下げられた場合、そのままでは到底畑作農家は持ちません。

 私はこの問題でヨーロッパ型のデカップリング政策が絶対必要といい続けてきましたが、問題がここまできますと、政府は今回の農業基本計画で今までのように品目ごとの交付金制度をやめ、経営を対象にした品目横断的所得補償政策を打ち出してほしい。これはデカップリングと発想は似ています。

 いずれにしても、そのような考え方の政策が日本でも出てきたことを私は評価しています。貿易自由化が一層進む中で、農家を守り、高品質の農産物の供給、景観、環境、国土保全など、多面的機能を発揮してもらう政策を日本でも取り入れざるを得ないだろうと言ってきました。ようやくその入り口に来たのかと思っています。