農業・食産業問題セミナー

「WTO農業交渉と北海道農業の行方」

太田原 高昭氏(北海学園大学経済学部教授)

1. WTO農業交渉と日本の立場

 (1)WTO農業交渉の焦点は関税引き下げ

今、北海道農業を直撃しているWTO農業交渉についてご説明し、その結果、北海道農業がどうなるかについてお話したいと思います。

以前はGATT(ガット)と言っていたのですが、ウルグアイラウンドが終わりWTOに名前が変わりました。基本的な機能は変わっていないのですが、まず旧社会主義国や中国が加盟し、大幅に加盟国が拡大しました。文字通りワールド・ワイドな組織になっています。しかし、それだけ数が多くなると交渉も難しくなって来ます。今回のWTO交渉は、もちろん農業だけ行っているわけではなく、貿易に関る全てのことを行っていますので、いろいろな会が持たれるわけですが、早くも難航して、シアトルで開かれた第1回打合せ会議ではデモ隊に取り囲まれて大変だったことは記憶に新しいかと思います。

また、ガットの頃から農業交渉が最大の山場と言われていて、それだけ難しい交渉です。貿易のあり方によって、その産業が非常に影響を受けますが、特に農業は他の産業と違い、労働力の安いところへ工場を持って行き生産するという弾力的な対応ができない、最も国土や国の歴史に関る、条件の制約度の強い産業であることが言えます。そこで、元々広い土地や安い地価に恵まれた大農国と、歴史の古い中小農国との間に調整の困難な問題がたくさん横たわっているのです。

ガット・ウルグアイラウンドでは、そこに大分メスが入り、基本的に自由貿易を進めるための組織であるという立場で交渉が行われました。しかし、農業分野は今申し上げた事情から、自由貿易化が最も遅れているため、集中して1985年から92年まで足掛け8年にわたり議論が行われて来ました。そして結論として、非関税的政策を撤廃し、関税で調整することが決まりました。「重要生産物を守ることは認めるが、それは関税でやりなさい」というところに集約したのが、簡単に言えばウルグアイラウンドの結果です。

それにより日本の農業政策が非常に大きく変わりました。国民にとって一番変わったのは、食管制度が廃止され、新食糧法になったことです。その結果、米だけは統制経済で、国が決めていたのですが、少し特殊な決め方ではありますが、市場で決めることになりました。また、これまで農家が米を直接売ると「闇米」といわれていたのですが、その概念が無くなり、普通に売買することが出来るようになりました。しかし、同時に輸入米が入って来ることにもなりました。これも年間国内消費量の何%と決めて、全く自由ではないのですが、年々増えて、現在では北海道産米と同じくらいの外米が入って来ています。外米も昔と違って、中国、オーストラリア、アメリカなど日本向けに美味い米を研究してきていますから、非常に国内産に打撃を与えます。その結果、消費者は競争により、美味い米が安く手に入るようになったのですが、農家にとっては米価がどんどん下がる状況になっています。そのような状況の中、WTOに突入したわけです。

このWTO農業交渉の焦点は、関税の引き下げです。ガット・ウルグアイラウンドでは、いろいろな自由貿易の障害を関税で調整することが決められ、かなり高い関税も許されて来ましたが、今度はいよいよアメリカを中心とする輸出国の強い主張で、関税を引き下げる交渉が始まりました。

現在、日本国内の農産物の関税率がどのくらいかというと、米490%、小麦210%、でん粉290%、大豆460%…というように大変高い関税を掛けています。農産物のシェアーは、北海道産米が全国2位、畑作物、バター、脱脂粉乳については北海道が主産地です。北海道農業を守るために、これだけ高い関税が掛けられているのです。全ての農産物に高い関税が掛けられているのではなく、重要農産物だから、それを守るために、このような関税率が認められていたのです。その他の野菜などの農産物は、どんどん関税率が引き下げられ殆ど自由貿易に近い物もたくさんあります。

重要農産物に高い関税を掛けて保護することは、他の国も行っていることです。アメリカもバター140%、落花生192%と高い関税を掛けています。EUもバター300%、バナナ300%とかなり高いのです。ヨーロッパに行ってバナナを食べようと思ったら、かなり高い。カナダでも非常に高い関税が掛けられています。こんな大農国がなぜと思いますが、ニュージーランドやオーストラリア産の方が安いからです。スイスではバター類に1000%の関税を掛けています。それは、アルペン農業が崩壊すると、国土が危なくなる、観光的にも美しい景観が守られなくなるという、いろいろな事情からこのような関税が掛けられているのです。これをお互いに話し合って引き下げよう、というのが今回の交渉の焦点であります。

 

(2)ガット・URの教訓とEUとの同盟

では、各国がどのような主張をしているかですが、大きく2つのグループに分かれます。アメリカおよびケアンズ・グループ(オーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、タイ)は輸出国として、思い切った関税引き下げの案を出して来ました。つまり、農業交渉が妥結してから5年間で関税率を一律25%に引き下げるというものです。もし、この案が通れば、日本農業は完全に壊滅することになります。それに対してEUは、ウルグアイラウンドで「現在の関税から平均36%引き下げる」という当面の関税率合意事項があるのですが、これを守ろうと主張しています。しかもアメリカは全品目と言っていますが、EUは、それぞれの国によって重要性産物があるので、それについての関税率の引き下げは現行から15%とする。それ以外の物はもっと引き下げ、平均して36%にするという考え方です。この案でいうと、日本は米の関税は現在の490%から15%引くことになりますから、400%を超える関税率を維持できることになり、道産米1s200円に対して外米327円となり、これならば競争できる水準になります。その他の重要農産物についても、この範囲であれば守られることになります。したがって日本は、独自案を出さずにEU案を指示することにしています。

現在、「アメリカ、ケアンズ・グループ」対「日本、EUEUに加盟していないノルウェー、スイス、韓国」に分かれています。そこで、WTOが妥協案としてモダリティー案というものを出して来ました。しかし、これでは現在の国内産価格より大きく割り込んでしまいますので、EUも国内農業が維持できないと、突っぱねて来ました。そもそもモダリティー案はお互いの主張を2で割ったようなもので説得力がなく、しかも輸出国寄りになっています。交渉は難航し、中断状態に入っていました。その中、イラク戦争でアメリカ・イギリス対フランス・ドイツが正面衝突をしました。このような重要問題についての対立は、準経済的交渉にも響いてきます。イラク戦争中は自由化交渉に入れない状態が続き、一段落して、またやり直しということで進んで来ています。20039月に第5回閣僚会議がメキシコで行われます。それまでに、ある程度まとまっていなければ開けないのですが、大変難しいところに来ていると思います。

日本はEUにくっついている形ですが、これはガット・ウルグアイラウンドの一つの教訓です。ガット・ウルグアイラウンドでは日本は惨敗しました。国内的にも世論が統一しない、国際的にも孤立無援という状態でした。その頃はEUも農業輸入国をまず潰しておいて、後は条件闘争でアメリカとやり合う、そして妥協するというのがガット・ウルグアイラウンドの大筋です。そして日本は完全に蹴散らされてしまいました。今になって、当時のグローバル化と日本経済という観点で振り返ってみると、我々農業陣営の言っていた事というのは、大事なことだったと自負しています。

しかし、そういう教訓を学び、孤立無援ではどうしようもないと、今回は同盟国を探して最初からEUと組むことにしました。これには、関税率の引き下げ案と共に、国内農業を保護するという理論武装が共通していなければなりません。農業の機能が食糧生産だけであれば、安い外国産で国内農業に代替できますが、農業というのは、いろいろ多面的な機能を果たしています。国土保全(水田など)、農山村の景観の形成、伝統文化の継承など様々な機能が数え上げられます。ヨーロッパでも、そのような議論が盛んで、「景観と環境」は掛け替えのない国民の財産である、これは輸入によって代替することはできないのだと主張しています。日本も農産物だけで勝負したウルグアイラウンドから教訓を得て、多面的機能論ということで一致して国内農業を守ろうとしています。

そしてイラク戦争が一段落し、本格的な農業交渉が再開して、モダリティ案の第2次案が示されているのですが、先ほどの案より真ん中よりというだけのものです。しかし、何とか纏めなければならない事になると、EUがかなり妥協して来るのではないかと日本側では心配しています。アメリカ、ケアンズ側も絶対に25%でなければならないと拘っているのではありません。なぜなら、どの国も25%より高い関税の品目を持っているのです。25%と言っているのは、交渉上のテクニックだと見られています。だんだん妥協してEUの案よりも低いところで妥協することになれば、第2次案で纏まる可能性があります。すると日本と韓国は完全に置いていかれます。それが今のところ一番の心配です。

 

(3)「小農国グループ」としての途上国との連携の課題

そこで、二つの大きな教訓が出てきます。一つは、中長期的課題です。日本がEUと同盟を結び、「多面的機能」と「フレンズ国」を打ち出したことは外交政策において画期的なことだと思います。しかしこれだけではダメなのです。つまり、EUと日本の違いは大きすぎる。アメリカ、ケアンズ諸国は平均経営面積が数百haEUは数十ha、それに対して日本は平均1.4haで、北海道だけがEU並です。世界的に見れば「大農国」と「中農国」と「小農国」が厳然と存在するわけです。そして「中農国」と「小農国」の差は、「大農国」と「中農国」の差と同じくらい大きく、このまま同盟を続けることには無理があるのです。その無理が交渉過程で表面化して、EUに置いていかれたらどうしようという大きな不安となっているわけです。

その時、日本の味方がいないのかというと、実は途上国が最大の味方です。途上国では殆どが1桁農業です。中国は広大な国ですから農業経営も大きいような錯覚を起しますが、1haの農地があっても農家が2億戸いて、平均0.5ha5反百姓なのです。それでも労働力と通貨が安いので、物凄く安い農産物を出して来るのです。台湾も借地した5ha10ha規模の経営農家がたまにありますが、平均すると1.5haです。アジアやアフリカなど機械化されていない国では、耕せる規模は高が知れています。このように小農国は世界に約100ヶ国あります。大農国が10ヶ国、中農国が大目に見て約50ヶ国ですから、小農国は圧倒的多数です。国際交渉の場は原則的に多数決で決まります。

ウルグアイラウンドでは、途上国は自分たちが輸出するものは農産物しかありませんので、単純に自由化に賛成し、経済援助も絡んで皆アメリカ、ケアンズ側に付いたのですが、その結果、大変なことになりました。途上国が輸出しているものを見ると、紅茶、コーヒー、ココアなど食糧というよりは趣向品です。肝心の小麦やトウモロコシなどの穀物は、極めて自給率が低いというのが実態です。しかも国内の良い農地は皆白人の経営者が占めて、肝心の穀物は条件の悪いところで行われています。そこに自由化が押し寄せて、たちまち国内の穀物生産は壊滅してしまいました。穀物は全部外国から買わなければなりません。ガーナでは毎年餓死者が出る状況に陥っています。ですから途上国は農産物の自由化に対して、ウルグアイラウンド当時より認識が変わってきています。途上国が真の独立を勝ち取る一番の基本は、食糧の自給です。そこでなるべく外貨を使わないように自給率を高める努力をしているのですが、関税率が引き下がると困るわけです。食料自由化がもっと進めば、崩壊するのは小農国の食糧です。この小農国としてのグループ形成ができれば、非常に大きな力になります。日本は、当面はEUとの同盟で行くしかありませんが、いろいろな形で途上国に働きかけて、小農国グループのリーダーになることが最良の選択肢であると考えています。これは21世紀の日本の非常に大きな課題であります。

(4)負けたときどうするか−所得政策構築の課題

もう一つ重要な問題は、当面の問題として今回の交渉で負けたときにどうするかです。今一番現実的なシナリオは、モダリティの2次案か3次案で妥協し、日本は国内農業を守れない水準の関税率に直面するという結末です。ウルグアイラウンドでは、負けたときどうするかという準備が全くありませんでした。ところがECは負けたときの準備をしていた。それがデカップリング政策(所得政策)です。ECも日本の食管と同じ手厚い価格保障を撤廃しなければならなくなり、そこで下がった分の差額は国が責任を持って補償するという政策を取りました。日本では、まだ理解が進まず、政府もあまり説明したがらず、「デカップリング政策は条件不利地域のための対策である」という説明をいまだにしています。EUでもウルグアイラウンドまでは、デカップリング政策は条件不利地域対策でした。しかし国が責任をもって交渉して敗北した結果、それを全部農業生産者にシワ寄せするわけにはいかないので国が補償するという、一種の国家賠償的な考え方になりました。日本はこれを一言も言いません。しかし我々が激しく抗議したこともあって、日本も一部それを取り入れ、中山間地の所得補償政策を行っていますが、一番打撃を受けるのは平地の専業農家であり、それに対する政策は何もありません。このままで行くと、北海道の大型化してきた専業農家は持ちこたえられないことが予想されます。やはりEU並とはいかなくとも、そのための政策は準備しておくことが今一番大事だと思っています。

それがウルグアイラウンドで得た一番の教訓であると言っているのですが、政府は全く聞いてくれません。小泉改革は、とにかく減らすことばかりで、増やすことには乗ってこない。実はEUからも、「日本は本当に自国の農業を大事にしているのか。アメリカ寄りのところで妥協したら、どうするんだ」と言われています。EUは、「日本を置き去りにして妥協した」と言われないためにも、「日本は元々国内農業をあまり大事にしていないのだ。多面的機能やフレンズなどと言っても、方便だ」と言って切り捨てて来るかも知れません。国際交渉の場はそれだけ厳しいのです。EUの批判に耐えるような国内農業政策を取らなければ、言われっぱなしになってしまうという危機感を我々は持っています。

 

2.北海道農業の現状と課題−道政に問われているもの

 (1)北海道農業と府県農業の構造的ちがい→「一国二制度」の発想

 そこで、先ほど申しましたように北海道農業への影響が、一番心配されるのですが、これまで北海道農業は「大きくて、力を持っている。コストダウンにも一番力がある」と言われて来ました。北海道農業は、規模は既にEU並であり、殆どがプロの農家です。その結果、食糧自給率が日本全体で40%しか無いのに対して、北海道は180%です。アメリカが140%、フランスが160%ですから、正に農業王国です。ところが関税率が引き下げられることになると、一番弱いのが北海道農業です。それをハッキリ示しているのが後継者の数で、北海道は30%しかいません。内地では実に80%以上が後継者(農業に限らず家を継ぐ後継者)を確保しています。つまりこれは、兼業農家として生きる道を内地の農家は見つけたわけです。北海道農業は、専業農家として生き残るために、凄い競争をして3分の2の農家が離農して行きました。何十代も続いた本家と、せいぜい4代しか経っていない家の違いです。本家では兼業しても何しても、とにかく家を守って行かなければならないわけですから、そこで皆、農業は縮小して兼業の道を開いて来ました。内地では兼業農家は一番の特権階級と言われています。一番立派な家に住んで、米が保障されて、普通に会社に勤めていれば、こんなに良い生活はないわけです。今、我々が所得保障政策と声を枯らして言っても聞かないのは、財政事情が許さないこともあるのですが、一番の理由は日本農家の多くが兼業農家で、保障されているからです。いわば農家自らが作ってきた所得保障政策と言えるかも知れません。内地の兼業農家は総所得の内、農業所得の占める割合は10%くらいしかありません。それが8%に減ったからと言っても、あまり痛くない。つまり、負けたときにどうするかという準備は、兼業農家はとっくに出来ているということなのです。ここに北海道農業の辛さがあるのです。

北海道農業が同じような対策を取ろうと思っても、ごく一部の都市周辺の農家以外は出稼ぎになってしまいます。しかし、何千万も投資している農家にとって、中途半端に出稼ぎしながらは絶対に出来ません。これを守るには、「一国二制度」にするべきだと考えています。現実的に考えてみて、日本政府がEU並の所得保障政策を取ることは考えられないので、少なくとも北海道農業にだけは、このような政策を取ってもらいたいと思っています。既にある「中山間地の所得保障政策」で北海道に当てはまる農耕地域はありません。そこで道庁の農政部が知恵を働かせて、「条件不利地帯」を傾斜度だけで計るのではなく、寒冷地も対象にするよう要求して、国会議員の働きもあり、これが通りました。その結果、1haにつき1万円の直接保障が得られるようになりました。根釧地域では100ha規模の農家がありますが、現金で100万円貰えれば、教育費は別として、食いつなぐことは出来ます。そこで今、酪農が一番元気だと言われています。唯一保障がないのが畑作農家です。その畑作が一番直撃されているわけですから、是非同じような政策を作るべきだと思います。もし国が動かないなら、額は少なくとも、道が独自の発想で、芽だけでも出しておく必要があるのではないかと進言しています。

 

 (2)クリーン農業から本格的オーガニック農業へ

 それらのことを前提に、北海道農業の方向性を考えると、最大の魅力はクリーン農業だと思います。ずいぶん前から官民あげてクリーン農業に取り組んでおり、成果も上がって来ました。元々北海道は高温多湿の内地に比べ、低温で病虫害の発生率が低く、クリーン農業には一番適しています。しかし、これまでのクリーン農業は、「標準の化学肥料と農薬の3割減」というやり方でした。それぞれの生産者グループごとの自主申告で、3割減をクリアーしていれば認証団体になれますから、現在150グループくらいありますが、これからは、その中身について、客観的な数値目標を持ったものにしていく必要があります。今は農薬と化学肥料を減らしたというだけではなく、有機農業に転換することが求められています。欧米の主流はオーガニックになっており、既に生産現場ではどんどんオーガニックに挑戦して来ています。

しかし、基準がはっきりしないことが流通業者の批判になっていますから、これに応えて行かなければなりません。そのためには責任ある検査体制、指導体制が必要です。そこで人材をどうするか、という問題がありますが、農水省は米の流通から手を引くため、食糧事務所をなくして、今度は食品の安全性を中心とした事務所に名称を変えます。ところが、まだ何をやるのかハッキリしていませんので、そういう人達を活用する。また、国の人減らしが進んで、そのうち改良普及センターの人員削減が大幅にきます。内地の普及センターの人員は、それ程いらないかも知れませんが、北海道はこれからクリーン農業、オーガニック農業のマニュアルを開発する必要がありますから、むしろ強化しなければならないのです。そして「北海道の農産物は安全で安心だ」という評価の確立を急がなければならないと思います。