平成9年6月26日 14:00〜16:30 於 プレスト1・7ビル
北海道農業・食産業分野における起業家育成の可能性
―具体的プロジェクト創出の提言―
北海道大学名誉教授 天間 征


1・背景

 明治初めの北海道開拓から約130年余りが経過したが、残念なことだが北海道経済は全体として今だ自立の域に達していない。他方で、近年わが国の行財政改革が叫ばれ、北海道経済がこれまでのような公共投資依存型、資源供給型経済を続けることは困難な状況になりつつある。また、北海道総合開発計画等の策定に当って、従来の「北海道のための北海道開発計画作り」の観点に加えて、「全国のために北海道がどのような貢献をなしうるのか」という開発計画作りの観点が、国などから強く求められるようになってきた。 このような情勢変化を踏まえ、道内の一部有志が集まり、北海道経済自立化のモデルを北欧に求め、「北海道産業クラスター創造研究会」を作り、道内の産学官の協力の下に、「北海道産業自立化戦略のシナリオ作り」に入った。これまでの検討結果では、北海道経済自立化の戦略的コアを、「食」、「住」、「遊」の3分野に求め、それぞれの領域毎に、新たな産業起こしが意図されている。新たな産業・企業起こしの分野を、この3領域にしぼった理由として、北海道産業クラスター創造研究会、「北海道産業クラスター創造に向けて―中間報告の概要」(1997年5月)は、次のような理由を挙げている。
道外競争力がある産業が多い。
産業を支える道内関連産業が多い。
  1. 関連する大学や研究機関が多い。
  2. 市場規模が拡大している分野である。
  3. 新たな産業起こしの可能性が高い。
  4. 北海道の伝統的産業で、技術蓄積がある。
  5. 多数の中小企業で構成されている。
  6. 道内に広く分布している産業である。
  7. 国内で比較的優位にある産業が多い。


 われわれは(10名の専門家からなる)、北海道産業クラスター創造研究会の要請を受け、「食」分野(農蓄産業、農業機械、食品加工機械、廃棄物リサイクルなど)における、新たな企業起こしの具体的なプロジェクト提案に向けて、目下集中的に検討を行なっている過程にある。


2・可能性のあるいくつかのプロジェクト

 食産業検討委(仮称)の各メンバーから持ち込まれた素案は合計130余りに達し、これまで開かれた9回の研究会で、多少なりとも実現の可能性があると考えられたプロジェクトは以下のようなものである。

  1. 新しい北海道の農産加工産業全般についての、加工方法の展示、商品取引、企業情 報交換、研修指導、助言などの多機能を備えた常設的食産業センター施設の建設
  2. 冷熱エネルギーを利用した農産物、加工食品の貯蔵技術の多角的開発
  3. 道内有機農産物についての「検査・認証システム」の構築
  4. 集団給食(学校、病院等)用食材供給における北海道産品シェアーの拡大のための、北海道供給ネットワークの構築
  5. 「都市・農村交流」にかかわる(グリーン・ツーリズム、市民農園、体験農場、学童教育、都市高齢者対策等)の総合的開発計画からなる「グリーン・ディズニーランド」構想の構築
  6. コメの公的備蓄や家庭内備蓄食糧としての「パー・ボイルド・ライス」の活用策
  7. 道産農産物のトラック輸送効率の向上と包装荷姿および包装資材の改善
  8. 道内における高齢者向けの、食材を含む生活物資全般の宅配供給システムの開発
  9. 農産漁村地域と都市生活者とをつなぐ、農産品の電子マーケット取引システムの構築
  10. 道内と畜場の副産物としての獣皮の道内なめし企業の育成と皮革加工業の振興
  11. 道産農業機械産業の輸出産業としての育成戦略
  12. 圃場における土壌成分分析のための簡易検定試験紙の開発
  13. レストランのサラダバー向けカット野菜の周年安定供給方策
  14. 全国レストラン向け、北海道特産ベークド・ポテトの品種開発および加工開発
  15. 低温殺菌乳(60〜65度30分殺菌乳)の市場シェアー拡大のための諸制約要因の改善(生産者、乳業、消費者の側における)
  16. 寒冷地特産ベリー類の栽培可能性とその加工食品化
  17. 農産加工残さ(アスパラ、とうもろこし軸、南瓜のわた、もみから、澱粉粉、醸造副産物その他)の有効利用
  18. 北海道における食品関係総合大学の創設(栄養学、調理学、食品加工学、微生物学、醗酵科学、マーチャンダイジング、マーケッティング等)
  19. 大手乳業との製造、販売協力の下での、多様なファーマーズ・チーズの開発
  20. 新たな「北海道の味」創出の決め手となる油脂作物の探究と開発 21 ・食関連企業の「衛生基準」充足のための指導・助言システムの構築

3・新たな企業起しのための諸視点

1) 自らの足元を固める 北海道の食関連産業起しを考える場合、全国展開に先立って、自らの郷土としての北海道での市場開拓をまず優先すべきではないか。地元産のミネラルウオーターが、なぜ遥かに離れたフランス産のミネラルウオーターによって苦戦を強いられているのか、なぜ、農業王国といわれながら、学校、病院等における「集団給食」の食材供給において、十分なシェアーを確保することができないのかなど、北海道農産業の市場競争力の弱さが目につく。 北海道農政部「集団給食に関する実態調査報告書」(平成元年3月)は関係者の意見として、「輸入ものは(肉類)、安全性などに関して懸念もあるが、価格上使用はやむを得ない」(価格競争)、「道産ものは(野菜)、出荷期間が短いため総体的には余り使えない」(供給期間)、「原料を本州に持っていき、加工して北海道にUターンしてくるものも多く、食品企業の努力が必要である」(加工技術)、「道内関係者はほとんど売り込みに来ない」(営業活動)、「うまいから買えでは商売にならないことを認識すべきである」(セールス)などの指摘がなされている。 道内の学校給食用食材供給業者の心情を、同書は次のような言葉で報告書をしめくくっている。 「道産ものについては、極力取り扱いたいのだが、売らなければならないので、でんぷん、味噌、醤油、ごく一部のコロッケなどの加工食品以外はほとんど使えないのが現状である。まず価格が問題となり、業務用としての種類も少ない。また加工食品については、道内メーカーは同じ調理品を作っても、味や製品品質の面でもう一歩であり、製品開発にチャレンジする精神が不足している。」

2) 消費者―供給者、異業種企業間とのリンケージを密接に 食産業の新たな企業起しを考えてみて思うことは、関係する分野が広く、かつ膨大な関連知識が必要とされるということである。新たな企業起しのために、これまでに残されている分野については、経済的、技術的、制度的な諸制約条件が強く存在する分野でもあるといえる。従って、産学官のあらゆる関係者の相互協力が絶対に必要である。 また、わが国の場合、消費者側の「食」に対する嗜好変化が著しく、かつ、スーパー、コンビニといった小売り段階でのコントロールも強いという問題がある。一般大衆の嗜好の変化をどう先取りするかは、食品加工産業にとって大きな問題である。大衆の消費パターンは絶えず動いており、その動きつつある変化に対応して、商品提供者としての農産物加工産業も敏感に対応する弾力的体制作りが求められる。絶えざる消費動向調査が必要である。

3) 失敗を恐れぬ企業者精神を 大消費地から離れて原材料生産を担う川上地域に立地する加工企業にとって、事業失敗の可能性は、消費地立地型企業に比べてより大きくなる可能性がある。原材料仕入れの産地選択が限られることに併せて、消費者の変化が見えにくくなるからである。 従って、商品開発に当って、企業化の当初からヒットするということは考えられず、たえず「最悪の状態」への対処を考慮に入れた企業起しへの対応が必要である。失敗を恐れぬ企業者のみが、食産業起しの適格者ではなかろうか。また、このことはあらゆる企業者に共通していることと思うが、経営成功者のポイントは、「計画性、打算能力、実行力」の3つの経営者能力に要約されるように思われる。



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