2006.6.23 食品トレーサビリティ・セミナー

「食品トレーサビリティ・システムへの取組と
普及に向けた今後の課題」


講演:小野 哲士 氏(農林水産省 北海道農政事務所 消費・安全部部長)




【食品のトレーサビリティ】

 トレーサビリティとは何かと言いますと、「原材料の出所や製造元・販売先などの記録により、食品の情報を把握する仕組み」です。Trace-abilityですから、後を追えるということです。では、なぜこういうものが必要かといえば、1つは問題が生じた際の原因究明や食品の追跡・回収があります。製造元でトラブルがあったときに、それが何処に流れたか分かる、あるいは現場で問題があったときに、それはどういう過程で起こったものか、原因を突き止めることもできるわけです。また、食卓から農場までの経路を明らかにして、安全・安心や表示の信頼性を確保していくことがあります。

 トレーサビリティは、川下方向へ追いかける追跡と川上方向へ遡る遡及の両方を言いますが、各段階での記録を順次つないで行くことで、情報を最終的に提供する、あるいは何かあったときに遡っていくことができます。

      

 食品のトレーサビリティ・システムの取組みで今あるものを整理してみました。
 1つ目の「牛トレーサビリティ制度」は法律に基づいたもので、例えば牛の管理者であれば個体識別番号を印字した耳標を付けて、牛が移動するたびに届けなければいけない義務がありますし、牛肉になった後でも販売者は個体識別番号を伝達して表示しなければいけない義務があります。これが一番法的に厳しい形の制度があり、かつトレーサビリティについての義務があるものです。これは国内で飼養された牛の肉が対象になっていて、記録する情報は生年月日、性別、種別、飼養地、管理者などです。
 2つ目は「生産情報公表JAS規格」です。JAS規格は日本農林規格ですが、その中に生産情報公開という規格があり、現在、この対象になっているのが牛肉、豚肉、その他の農産物です。これはJAS法に基づく規格がありますので法的な根拠はあるのですが、任意となっていて必ずしも皆がしなければいけないということではなく、参加したい方が参加するシステムになっております。また、「牛トレーサビリティ制度」では輸入牛肉は対象外ですがJAS規格では対象になっていますので、入りたい方は内外問わず入ることができるようになっています。記録する情報としては「牛トレーサビリティ制度」の情報に加えて飼料や医薬品はどういうものを使っているのかという情報が入ります。
 それ以外の一般の「食品トレーサビリティシステム」については法的な制度はありませんが、生産者や事業者が自主的な取組でできるようになっています。農水省としても、それについていろいろな形での支援策を考えております。

 

 【牛肉のトレーサビリティ制度について】

 それでは、法的な裏付けがあり、しかも義務になっている「牛トレーサビリティ制度」についてご説明したいと思います。
 今、何でもかんでもトレーサビリティが出来れば良いじゃないかというご意見はあろうかと思いますが、このトレーサビリティをやるとなると非常に手間とコストが掛かります。牛肉についても、それなりの意味があって義務的になっています。
 1つは平成13年9月に確認されたBSEが元になるわけですが、BSEまん延防止措置の的確な実施を行うために、BSEの患畜発生時における、迅速かつ的確な関連牛の特定及び所在地などの把握が必要になりました。一般的な伝染病ですと感染から発病まで長くないので、例えばある農場で病気が発生したとなれば、その農場と周辺の農場と牛の出入りを追いかければ感染の疑いのある疑似患畜は比較的簡単に把握ができますので、それを合わせて処分することができます。しかしながらBSEは潜伏期間が長いので牛もずっと同じ農場にいることは少ないのです。子牛の間に売られて、それが何ヶ所かの農場を回ったり、乳牛ですと北海道から都府県へかなりの頭数が行っていることがあります。ですから、潜伏期間の5〜8年前にどこにいたのかということになります。BSEの疑似患畜の範囲は、同居して同じ餌を食べたと考えられる12ヶ月齢までの子牛となりますので、その時一緒にいた牛はどれなのかを確定しなければいけない。更にその患畜から生まれた子牛も、感染後あるいは発病の時点から2年間遡って対象になりますので、それを迅速に追いかけなければなりません。そのためには、こうした制度がないと中々難しいのです。

 もう1つはBSEが発生したときに消費者の方々が非常に不安になり、牛肉の消費が落ちました。そこで、牛肉にかかる牛の個体識別情報の提供などによって、どういう過程で生産され、何歳で、どこの農場にいたかを分かるようにすることが大事だということになったわけです。

 「牛トレーサビリティ制度」の概要を少しご説明します。実は2段階に分かれておりまして、「生産・と蓄段階」と「流通段階」のものがあります。「生産・と蓄段階」は平成15年12月から、「流通段階」は1年遅れて平成16年12月からの施行になっております。BSEの発生から随分時間が経っているとお考えかも知れませんが、この制度構築のためには平成13年から取組んでいるわけですが、実際にシステムができ、それを元に法的な規制の案をつくり、法律を国会で審議して頂いて決定すれば公布しますが、公布しても直ぐ施行するわけにはいきません。罰則が伴っていますので十分周知しなければならないということで、こうした期間からの施行になったということです。

 概要を見ると、牛の出生⇒異動⇒とさつ→枝肉⇒部分肉⇒精肉などになっていくわけですが、牛の出生だけでも年間約140万頭います。乳牛、肉牛、子牛も含めると約450万頭は常時います。とさつも年間約130万頭は行われています。そうした中での出生、異動、とさつです。そして肉になりますと、と蓄場が約160あり、いろいろな形で加工され、最終的に販売業者と言われるところは5万件程あるということですので、それぞれトレースしていくと膨大なものになります。

        

 次に実例ですが、耳標を子牛の両耳につけて頂くことになっています。なぜ両耳かというと、いろいろな事故で取れる場合がありますので、必ず一方だけでも残るように両耳につけることが義務になっています。番号は10桁でバーコードがついています。そして、肉が店頭に並べられるとパックのラベルに個体識別番号が貼られます。複数の牛から作られた製品であれば複数表示される場合もありますし、必ずしも同じ形でなければならないというわけではなく、別書きでも良いですし、店頭に並んでいるときのプライスカードでも良いですし、プライスカードに対応する形での別掲示をしても良いわけですが、必ず個体識別番号を表示することになっています。

 牛の届出については、基本的に平成15年12月から法的な義務ができましたので、それ以前の牛については、その時点での届出をして頂くとともに、生まれるたび、異動するたび、とさつするたびにそれぞれ届出を出して頂くことになっております。この個体識別の台帳は福島県の白川にある独立行政法人の家畜改良センターが管理しています。一箇所しかありませんので直接出向かなくてもFAXや電話音声応答システム、インターネットでもできます。また農協等で一括して行うこともありますし、と蓄場や家畜市場などではID連携システムによって報告して頂くことになっています。

 このデータベースは全部公表しているかというと、一部個人情報に関わる管理者の氏名や飼養施設の所在地などは公表されませんが、ご本人の同意があれば公表できるようになっています。基本的には個体の情報として、出生年月日、種別、管理者の氏名、飼養施設の所在地、とさつの年月日、と蓄場があり、届出に応じてその都度更新されます。データベースは家畜改良センター携帯電話(http://www.id.nlbc.go.jp/mobile/)で検索できるようになっています。当然、家畜伝染病予防法でBSEの疑似患畜を探すときには、個人、農場を特定した上で情報を出して、それにしたがって逸早く対応することになっております。

 この制度の実効性を確実にするために、生産・と蓄段階では全国の農政事務所が毎年立入しております。これは摘発という意味ではなく、実際にきちんと管理されているかどうか、あるいは制度を十分にご理解されないで運用している方が間々見受けられますので、それに対してご指導することもあります。届出の義務違反があると罰金刑が科せられることになっています。流通段階では個体識別番号を表示する義務がありますので、これについても全国の農政事務所が業者へ立入検査を行っております。不適正なものが見つかるとまず是正勧告をして、是正勧告に従わない場合は改善命令を出し、更にこの命令を守らない場合には罰金を科すことになっています。当然、帳簿の保存の義務についても罰金が科せられます。こうした義務制度によって、トレーサビリティ制度の実効性を確実にする仕組みになっています。

 牛、牛肉と個体識別番号は一体でなければなりません。家畜改良センターの台帳とずれてしまっていては意味がないわけですから、先ほど言いました立入検査等をして適正な届出なり表示を実効して頂いています。耳標は取り外し禁止になっていますので、この耳標により牛の個体が一体性を確保するようになっています。流通段階では、それぞれの段階で記録を伝達して頂くことで一体性が保てるわけですが、DNA鑑定による個体識別番号の表示・伝達の確認も行っております。
 とさつ場は全国に約160ヶ所ありますが、ここで照合用サンプルとして小さな肉片を取らせて頂いて保存しておきます。そして、牛肉がいろいろな形で分かれて流通していき、最終的に小売店で売られたり、特定料理提供業者(焼肉、しゃぶしゃぶ、すき焼き等の専門店)から消費者に提供されるわけですが、表示されている個体識別番号からサンプルが分かりますので、DNA鑑定をして照合し、正確に伝達されているかを確認しています。調査用サンプルとしては年間2〜3万点取ることにしています。このようなことによって制度の確実性を担保しております。



 【生産情報公表JAS規格について−制度の概要−】

 次に、任意の生産情報公表JAS規格についてご説明致します。今、この制度があるのは牛肉、豚肉、農産物(米、豆類、野菜、果実等)です。牛肉で説明すると、登録認定機関という第三者機関が国から認定されて、認定されたところがそれぞれ生産行程管理者や小分け業者を認定することになっています。そして流れてきたものについて生産情報公表JASマークが付けられ、それから生産過程の情報が公開される形になっているわけです。

 牛のトレーサビリティ制度との違いを整理すると、まず任意の制度であるということで、意欲ある生産者・販売業者が対象になります。そして国が登録した第三者機関(登録認定機関)が認定を行うところが大きく違うところです。あとは情報の範囲が広いということです。牛のトレーサビリティ制度は義務的なものですから必要最低限のものなのです。しかし生産情報公表ですと、例えば餌や動物医薬品の情報などが入ってまいります。また、管理者の名前なども、生産者や販売業者の方が積極的にアピールしていくものでありますので公表は必須だということです。そして国内の家畜伝染病の予防を目的とした制度ではありませんので、輸入牛肉も対象になります。

 豚肉についても同様に生産情報公表のJASシステムがあります。登録認定機関があって、生産行程の管理者や小分け業者が認定されることになっています。これは国内でも海外でも同様です。そして流れてきたものについては、店頭表示なりインターネット等で情報が公表される形になっています。農産物についても同じような形になっています。





【ICP−MSを用いた微量元素分析による原産国の判別】

 もう一つ、今までのトレーサビリティと少し違う話ですが、ある意味でトレースすることに関連しますのでご紹介させて頂きたいと思います。

ICP−MSは誘導結合プラズマ質量分析装置というもので、微量な元素を分析するシステムですが、これで野菜の原産地を判別します。特別行政法人の農林水産消費技術センターで開発した技術です。これを用いて今年、根菜類の表示に関する特別調査を私ども農政事務所で行いました。品目としては、人参、玉葱、ごぼうなど6品目程を対象に全国3,000件程の小売店舗で表示を調べました。その中で一部、国産と表示してあるもののサンプルを取って、本当に国産の可能性が高いのか、あるいは輸入ものの可能性が高いのかということを調べて、輸入ものの可能性が高いものであれば販売していた小売店、流通業者に正しい表示根拠があるのかを調べさせて頂きました。

調査の背景ですが、根菜類は外国産の割合が高く、店頭では国産と言いながら実は外国産を売っている事例が結構見受けられたことがあります。消費者の表示に対する関心も高まってきている中で、国産と表示するのであれば、その信頼性を確認しなければいけない。ただ、我々も調査は致しますが全てについて確かめることは難しいですし、お店に入って伝票を見せて頂くことしかできません。そこで、原産国を確かめるために何か科学的な方法はないかということで、こういう手法が開発されたわけです。それによって正しく表示して頂き、消費者の信頼を確保することになります。

簡単にご説明すると、根菜類に微量に含まれている元素は、どうも生育土壌で若干差が出て来るらしいのです。特異的に差がある元素の種類は根菜類によって違いますので、数種類の含有元素を調べて国産の傾向と中国産の傾向を比較すると、確定はできませんが可能性が高いか低いかということが分かります。そこで中国産の可能性が高いのに国産と表示している店があれば行って、何を根拠に国産と表示しているのか仕入伝票などを見せて頂き、更に受注業者にも伝票を見せて頂いて、違っていれば表示が適切でなかったということでご指導させて頂く形になっております。

    

【食品トレーサビリティ・システムの普及と今後の課題】

 農林水産省が担うこととしては、生産から小売までのフードチェーンを一貫したシステムの開発と、関係者のニーズを捉えていくことがあります。つまり社会基盤として普及しておけば食品の事故の防止や事故の際の回収、原因追及ができるということで、これは食品の安全管理にも活用が可能になってくるわけです。

      

 「食品のトレーサビリティ・システム構築に向けた考え方(16年3月)」のポイントを整理させて頂くと、まずトレーサビリティ・システムとは流通経路情報(生産、処理・加工、流通・販売等の段階で、食品の仕入先、販売先などの記録を取り、保管し、識別番号等を用いて食品との結び付きを確保することによって、食品の流通した経路及び所在等を記録した情報)を活用して食品の追跡と遡及を可能にする仕組みであるということ。取組みに当たっては、フードチェーン全体に適用するのか、その一部に対して適用するのかを明確にし、一部に対して適用する場合には、その範囲を明確にして段階的に進めることが重要であること。また、導入に当たってはコストとベネフィットを比較することが重要であることなどです。

 導入のメリットですが、例えば商品照合システムでは先ほど申しましたように、事故の際の回収や原因究明が迅速になること。また、資材使用などの生産記録や収穫データとのリンクによって次回生産へのいろいろな形でのフィードバックができること。更に、生産情報等を保管、提供することにより表示の信頼性を担保することができる。あるいは搬送ラインの効率化や在庫管理の効率化によるコスト削減といったメリットがあります。

 トレーサビリティについては、ここ数年非常に消費者の認知度も上がってきております。よく知っている、だいたい知っているという方々が平成15年から16年にかけて大分増えています。そして9割の消費者がトレーサビリティは重要だとお考えになっているという状況です。

 導入促進策としては、先ほどの基本的な考え方を公表したり、品目別ガイドラインも作成しております。それからシステムの開発や実証試験、導入についての支援事業も行ってきております。また、17年度からはユビキタス食の安全・安心システムの開発・導入事業も行っております。詳しいガイドラインは農林水産省のホームページをご覧頂ければと思います。

 農業分野では5月29日から食品安全法に基づく農薬等のポジティブリスト制が導入されておりますが、全部を分析していてはお金と時間がかかってどうにもなりません。適正な使用がされたという情報が伝達されることによって、ポジティブリスト制を守っているということになるわけですので、こうしたところでも非常に有益になると思います。

 農業でユビキタス技術は必要なのかということですが、適正農業規範やポジティブリスト制などでも利用されております。ただ、今まで通り記帳・チェックしていくと膨大な時間がかかりますので、如何に効率的に行うかが必要です。そして、消費者のニーズを把握して積極的な情報を発信することにより、いろいろな差別化やブランド化ができるという効果があります。支援対策事業のなかでも、例えば「農薬ナビを活用した農薬使用リスク管理システム」が取組まれています。また最近、コストが安くなってきた電子タグでの流通の効率化も図られています。